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夫婦で仲良く協力して、両親の介護が出来るようになるまでの経緯

両親の介護が始まり、その負担が大きくなってくると介護するとぶさん夫婦にも離婚の危機が・・・?

一時期は笑顔がなくなってしまった家庭でしたが、なんとか今は夫婦仲良く協力して両親の介護することが出来ています。

どのようにして笑顔の家庭を取り戻すことが出来たかをお話したいと思います。

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母の介護が始まった時

40代後半になり、母が脳出血で倒れ右半身が動かなくなったことによって親の介護生活が始まりました。

その当時、とぶさんはサラリーマンで、嫁は専業主婦で、父も元気でしたので家族で協力して、母の介護をすることが出来ていました。

平日の母の介護は父が主体となって、嫁がサポートする感じで、休日にはとぶさんも介護に加わることで成り立っていました。

父はとても一生懸命に母の介護をしていたので、私達子供夫婦にかかる介護の負担は軽いものでした。

しかし、そのような状況はいつまでも続きませんでした。

父が入退院を繰り返す

元気だった父も検査にてガンが見つかり手術し、また再発して入院して手術を何回か繰り返していましたので、病院の入退院を頻繁に行うようになりました。

父の入退院の世話と、母の介護のダブルでの世話を嫁が主体となってすることになりました。

私は、通勤に1時間位かかるような離れた職場に勤めていたので、平日の日中は協力してあげることも出来ませんでした。

負担は嫁に大きく乗りかかり、疲労とストレスでちょっとヒステリックにもなっていました。

介護離職を決意

もう嫁一人で平日に両親の面倒を見ることが限界になっていて、明らかに人相が変わってしまっていました。

夫婦間でも笑顔が消えて、何かと口喧嘩になることが増えていきました。

普通ならケンカにもならない他愛ないことで喧嘩が始まり、言わなくていいことまでお互いに言い出してしまうので、大きな喧嘩に発展するのです。

介護をしている私達夫婦が仲が悪くて喧嘩ばかりしている状態で、介護する父や母に優しくすることもできるはずがありません。

全く笑顔のない家庭になっていました。

とにかくまず、嫁の介護負担を減らすことをしないといけないと痛感しました。

自分が家で仕事ができれば、親の介護も夫婦協力して出来るはずだと・・・

外でサラリーマンとしてがんばって働いても、家庭がこんな状態で生活していく意味はないと思い、すぐに介護離職することを考えました。

嫁の笑顔が戻った

介護離職をして、自宅で仕事を始めてもすぐに稼げるようにならないし、今後の収入がどうなるかの不安もありましたが、嫁に笑顔が戻っただけで頑張れる気がしました。

両親の介護は私が主体的に行い、嫁にサポートしてもらうようにしました。

夫婦で出来ることを出来る方がやることで、嫁の負担は減り嫁にもゆとりが持てるようになってきたのか、喧嘩も少なくなり笑顔で話すことが増えていきました。

この頃から、極力意識して『ありがとう』という言葉を多く使うようになりました。

嫁に対しても親に対しても、何かやってもらったら素直に『ありがとう』と言うようになると、相手も何かしてあげると『ありがとう』と感謝の言葉が出るようになるんです。

『ありがとう』と言われるとうれしいので、また相手が喜ぶようにしてあげるようになります。

家庭内の雰囲気は、大きく変わりました

あともう一つ、とぶさん夫婦は毎日行うことがあります。

笑顔でハグです。

しかも、何かの都合で出来ない日があると、翌日にダブル・ハグしてます。

毎日仲良くしてないと、出来ませんよね。

父の介護度の急激な悪化

病院の通院や行事の参加など外での同行は私が担当し、家の中での日中の介助は嫁が担当と、夫婦仲良く協力して両親の自宅介護をしていました。

寝たきりになってしまった母は要介護5で、必ず誰かが看ている必要があり外出できないので、ちょっとずつショートステイを活用するようになりました。

父も自分のことが自分で出来ていた時は、自宅介護が可能でしたが、短期間で介護度が急激にUPしてしまったのです。

父はパーキンソン病から手足の動きが悪くなり、介助がないとトイレに行けなくなったり、認知症も進行し、要支援2から要介護4に急激に悪化したのです。

しばらくは、父を自宅介護をしていたのですが・・・。

父は自分でベッドから起き上がれない、立ち上がれないので、トイレが介助なしではできないのが大きな問題となりました。

昼間は、トイレも頻度が少ないので、行きたくなったらベッドわきのポータブルトイレに移動するのを介助することで嫁が対応してました。

夜中はトイレの頻度も高く、1~2時間おきにトイレに行きたくなるのですが、この対応がとにかく大変でした。

寝ぼけていることも多く、立ち上がらせるのは危険なため、尿瓶にて私が対応していました。

しかし、毎日対応することは無理でした。私の方が、ちょっとした物音にも目が覚めるようになり眠れません。

睡眠不足で体調不良になり、父もショートステイを利用してもらいたいと思うのですが、自宅にいたいと思う父にはなかなか承諾が得られませんでした。

昼間はぐっすり寝ている父は、夜間は活動的になるので、そこで睡眠不足に悩む私と言い争いを何回もしました。

父も介護度が上がったために自宅での介護は、無理な状態になってしまいました。

父もショートステイを利用

嫁と仲良く父を自宅で介護したかったのですが、限界は連続2泊でそれ以上になると介護する側がどうにかなりそうでした。

連続で夜間の面倒は見るのは難しいことを父にも理解してもらい、短期のショートステイから始めて慣れてもらうようにしました。

割と早く施設には慣れてくれたので、長期のショートステイでも大丈夫になりました。

ショートステイのおかげで、かなり助かっています。

現在は、1月に1回、2泊3日で父、母が別の日に自宅に帰って来ています。

介護施設にいる間は、毎週着替えを持って父・母それぞれの施設に訪問しています。

月に3~5回程度の通院の送り迎えと付添ぐらいの対応になります。

本当にショートステイのおかげで、自分たちのことをする時間に余裕もできるようになりました。

とぶさん夫婦は仲良く両親の介護が出来てますし、ちょっと心に余裕ができた分は、父や母にも優しく出来るようになりました。

介護離職から再就職へ

父が自宅にずっといる時は、外で働くことが出来ませんでしたが、長期のショートステイに行くようになったので、自宅で介護する日以外は、外で働くことにしました。

その後、父は他界してしまいましたが、母は元気で介護施設に入所しています。

 

 

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