尊重とは「同意」ではない。リーダーが誤解する「甘やかし」との境界線と、迎合しない対話術

高橋 誠

執筆者:高橋 正人(たかはし まさと)

組織開発コンサルタント / 認定エグゼクティブコーチ

元大手IT企業人事部長。200社以上の組織変革を支援。「論理的すぎるリーダー」の行動変容に定評がある。私自身、かつて正論で部下を追い詰め、チーム崩壊を招いた苦い経験を持つ。その失敗から学んだ「痛みを伴う実践知」を、同じ悩みを抱えるリーダーに届けている。

「良かれと思って論理的に指導したのに、部下が心を閉ざしてしまった」

「人事から『部下への尊重が足りない』と指摘され、ショックを受けている」

今、このページを開いたあなたは、そんな切実な悩みを抱えているのではないでしょうか。

部下のためを思ってアドバイスをしているのに、それが「攻撃」と受け取られてしまう。

かといって、部下の顔色を伺い、言いたいことを飲み込むのは「甘やかし」ではないか——。

そのジレンマ、痛いほどよく分かります。なぜなら、かつての私も全く同じ壁にぶつかり、悩み抜いた一人だからです。

しかし、安心してください。

あなたが部下とうまくいかないのは、あなたの性格が悪いからでも、リーダーに向いていないからでもありません。

ただ、「尊重」と「同意」、そして「甘やかし」の違いを、明確なスキルとして整理できていないだけなのです。

本記事では、組織開発の現場で多くのリーダーを救ってきた「Owed Respect(人としての尊重)」と「Earned Respect(評価としての尊重)」という2つの概念を軸に、明日から使える具体的な対話スキルを解説します。

これを読み終える頃には、あなたは「無理に迎合することなく、堂々と部下を尊重できるリーダー」へと変わるための、確かな手応えを掴んでいるはずです。


スポンサーリンク

なぜ「尊重しているつもり」が伝わらないのか?リーダーが陥る2つの罠

「私は部下の話をちゃんと聞いているし、間違っていれば正している。これのどこが尊重不足なんだ?」

かつての私は、本気でそう思っていました。

しかし、組織心理学の観点から見ると、多くの真面目なリーダーほど、知らず知らずのうちに「尊重」を履き違え、部下を追い詰めてしまう2つの罠に陥っています。

罠1:正論ハラスメント(「正しいこと」=「尊重」という誤解)

1つ目の罠は、「相手のためになる正しいことを言うのが尊重だ」という思い込みです。

論理的に正しい指摘は、業務遂行上は必要です。

しかし、相手の感情や立場を無視して正論だけを突きつける行為は、受け手にとっては「人格の否定」や「攻撃」と何ら変わりません。

私自身、過去に部下のミスに対し、「なぜ確認しなかったの? マニュアルに書いてあるよね?」と理詰めで問い詰めたことがあります。

私にとっては「再発防止のための指導」でしたが、部下にとっては「無能の烙印を押された」と感じる瞬間でした。

結果、その部下は萎縮し、報連相が遅れ、さらに大きなトラブルを招くことになりました。

罠2:条件付きの尊重(「成果を出したら認める」という態度)

2つ目の罠は、「尊重とは、成果を出した人間に与える報酬である」という勘違いです。

「一人前になったら話を聞いてやる」「数字も出していないのに意見するな」。

このような態度は、部下に「成果を出さない今の自分には価値がない」という強烈な不安を植え付けます。

心理的安全性と尊重は、密接な因果関係にあります。

「尊重されている」という安心感(心理的安全性)があって初めて、人はリスクを恐れずに挑戦し、成果を出せるようになります。

つまり、「成果が出たら尊重する」のではなく、「尊重するから成果が出る」のが正しい順序なのです。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス

【結論】: 部下がミスをした時こそ、まずは「報告してくれてありがとう」と、その存在を肯定してください。

なぜなら、多くのリーダーはトラブル時に焦って「事象(ミス)」ばかりを見て、「人(部下)」を見落としがちだからです。「ミスは許さないが、あなたという人間は大切にする」。この分離こそが、信頼を繋ぎ止める命綱となります。

「Owed」と「Earned」。組織に必要な2種類の尊重を使い分ける

では、具体的にどうすれば「甘やかし」にならずに「尊重」を示せるのでしょうか。

ここで重要になるのが、ハーバード・ビジネス・レビューなどでも提唱されている、2種類の尊重という考え方です。

尊重には、「Owed Respect(当然の尊重)」「Earned Respect(獲得する尊重)」の2つが存在します。

この2つを混同していることが、多くの職場の混乱の原因です。

組織に必要な「2つの尊重」

Owed Respect(当然の尊重):全員に与えるべき「土台」

これは、成果や能力に関係なく、組織の一員として、そして一人の人間として、全員に等しく与えられるべき尊重です。

  • 目を見て挨拶をする
  • 話を遮らずに最後まで聞く
  • 無視をしない
  • 丁寧な言葉遣いをする

これらは「甘やかし」ではありません。

人間関係のインフラです。

Owed RespectとEarned Respectは対比的な関係にありますが、組織には両方が必要です。

特にOwed Respectが欠如すると、部下は「自分は大切にされていない」「使い捨てにされている」と感じ、どれだけ論理的に正しい指導をしても、耳を貸さなくなります。

Earned Respect(獲得する尊重):成果に報いる「評価」

一方で、優れた成果や能力に対して与えられるのがEarned Respectです。

「よくやった」「君のスキルは素晴らしい」といった称賛や評価がこれに当たります。

リーダーであるあなたが陥っていたかもしれない誤解は、「Owed Respect(人としての礼儀)」までをも、成果への対価(Earned)にしてしまっていたことではないでしょうか。

「仕事ができない部下の話を聞く必要はない」というのは、Earned Respectの論理をOwed Respectの領域に持ち込んでしまう危険な間違いです。

人は、まず「人として(Owed)」尊重されて初めて、「プロとして(Earned)」認められたいと願うようになるのです。

同意できない相手を尊重する技術。「Iメッセージ」と「背景への関心」

「理屈はわかった。でも、明らかに間違っている部下の意見や、生理的に合わない相手をどう尊重すればいいのか?」

ここが最も難しいポイントでしょう。

ここで重要なのは、「尊重」と「同意(Agreement)」を明確に区別することです。

尊重とは、相手の意見に「賛成すること」ではありません。

相手がその意見を持つに至った「背景や感情に関心を寄せること」です。

たとえ結論にはNOを出すとしても、相手の存在を肯定することは可能です。

そのための具体的な技術として、「Perspective-taking(視点取得)」「Iメッセージ」を紹介します。

Perspective-taking:背景に関心を寄せる

部下が突拍子もない提案をしてきた時、即座に「それは無理だ」と否定していませんか?

これからは、否定の前にワンクッション、「なぜそう考えたのか?」という背景への関心を挟んでください。

  • NG: 「その案はコスト的に無理だね。(即否定)」
  • OK: 「なるほど、君はそういう視点で考えたんだね。なぜその方法が効果的だと思ったのか、もう少し詳しく教えてくれる?(背景への関心)」

これだけで、部下は「自分の意見は一度受け止められた」と感じます。

これがOwed Respectです。

その上で、「コストの観点から採用は難しい」と事実を伝えれば、それは人格否定ではなく、ビジネス上の判断として受け入れられやすくなります。

Iメッセージ:事実と感情を分けて伝える

耳の痛いフィードバックをする時は、主語を「You(あなた)」から「I(私)」に変えるアサーティブネス(自他尊重)の技術が有効です。

📊 比較表
表タイトル: 攻撃的な「Youメッセージ」と尊重ある「Iメッセージ」の比較

項目NG例:Youメッセージ(相手を責める)OK例:Iメッセージ(事実と私の感情)
ミスの指摘「(あなたは)なんでこんなミスをしたんだ。不注意すぎるぞ」「この数字が間違っていると、(私は)お客様に説明できなくて困ってしまうんだ」
態度の改善「(あなたは)やる気があるのか? その態度は失礼だ」「会議中にスマホを見られると、(私は)話を聞いていないように感じて悲しいよ」
期限の遅れ「(あなたは)いつも遅いな。仕事が遅いぞ」「期限を過ぎると、チーム全体の進行が遅れて(私は)心配になる。次はどうすれば防げるか話し合おう」

Youメッセージは相手の人格を攻撃しがちですが、Iメッセージは「あなたの行動によって、私がどう感じたか(困った、心配だ)」という事実を伝えます。

これにより、相手は防御態勢に入ることなく、問題に向き合うことができます。

関係修復のステップ:意図ではなく「影響」に謝罪する

もし、すでに部下との関係がギクシャクしてしまっているなら、関係修復のアクションが必要です。

「でも、指導したのは部下のためだし、謝るとリーダーとしての威厳がなくなるのでは…」

そう思うかもしれません。

しかし、Googleの研究などでも示されている通り、自分の非を認められるリーダーこそが、高い信頼(心理的安全性)を獲得します。

ここで重要なのは、「意図(つもり)」ではなく「影響(事実)」に対して謝罪することです。

  • × 意図への言い訳: 「傷つけるつもりはなかったんだ。君のためを思って言ったんだから、わかってほしい」
    • これは「私の意図は正しかった」という自己正当化に聞こえます。
  • ○ 影響への謝罪: 「私の言葉で、あなたを傷つけてしまったようだね。その点については申し訳なかった」
    • これは「あなたが傷ついた」という事実(影響)を認め、尊重しています。

「指導の内容」を撤回する必要はありません。

「伝え方」や「配慮の不足」について謝るのです。

これにより、リーダーとしての軸(指導の正当性)を保ちながら、部下へのOwed Respectを示すことができます。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス

【結論】: 関係修復の対話は、個室ではなく、少し開けた場所やカフェなど、リラックスできる環境で行うのも一つの手です。

なぜなら、会議室の閉鎖的な空間は、部下に「また詰められるのではないか」という恐怖心(心理的安全性の欠如)を想起させやすいからです。環境を変えるという小さな配慮も、立派なOwed Respectの一つです。


まとめ:尊重は「性格」ではなく「技術」である

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

「尊重」とは、聖人のような広い心を持つことでも、部下の言いなりになることでもありません。

「Owed Respect(人としての尊重)」を土台に据え、「Earned Respect(評価)」を適切に積み上げる。

そして、同意できない時こそ「技術」を使って対話する。

これこそが、プロフェッショナルなリーダーに求められる「迎合しない尊重」の正体です。

いきなり全てを完璧にこなす必要はありません。

まずは明日の朝、部下の目を見て、いつもより少し丁寧に「おはよう」と声をかけることから始めてみませんか?

その小さな「Owed Respect」の積み重ねが、やがてチームの空気を変え、あなた自身を「部下を信じて任せられるリーダー」へと成長させてくれるはずです。

参考文献

スポンサーリンク