食欲旺盛だった父が「食べられない人」になるなんて、正直想像していませんでした。
むせ込みが増え、ある日突然の呼吸苦で救急搬送。
誤嚥性肺炎で入院し、いったんは回復したものの再び誤嚥→気管支炎の悪循環に。
医師から提案されたのは「胃ろう(PEG)」でした。
本記事は、私たち家族が悩んだ「胃ろうをする/しない」の分岐点・考え方・代替手段・施設選びまでを、専門用語をかみ砕きつつ整理したものです。
誤嚥の仕組みを理解する:なぜ食べ物が気管に入るのか
飲み込む時、のどの入り口には喉頭蓋(こうとうがい)という“フタ”があり、さらに声帯が内側で閉じて気道を守ります。
父の場合、声帯が常に開いたままに近い状態で、喉頭蓋の動きも弱く、食べ物や唾液が気管へ入りやすい=誤嚥が起きやすい状態でした。
誤嚥性肺炎は気道の粘膜を傷め、むせる反射(防御反射)も鈍らせ、「むせない誤嚥」が増えるのが厄介です。
提案された選択肢:胃ろう・経鼻経管・点滴(静脈栄養)
医療者から提示された主な栄養手段は次の3つでした。
| 方法 | 概要 | メリット | 注意点・負担 | 向きやすい場面 |
|---|---|---|---|---|
| 胃ろう(PEG) | 腹部から胃へチューブを留置して栄養投与 | 長期安定供給/鼻・口の不快感が少ない | 手技が必要/ケア習熟が要る/嚥下機能が戻るとは限らない | 長期の経管栄養が見込まれる/在宅介護体制が整う |
| 経鼻経管 | 鼻から胃へ細いチューブを通して栄養投与 | 短期導入が容易/手術不要 | 違和感・抜去リスク/逆流→誤嚥の注意/長期は不向き | 短期的な栄養確保/方針決定までの“つなぎ” |
| 点滴(静脈栄養) | 血管から水分・栄養を補給 | 消化管を使わない/誤嚥の直接リスクを避けやすい | 栄養量の限界/血管トラブル・感染の注意/長期管理は負担 | 誤嚥リスクが極めて高い時/急性期や経過観察 |
私たちは最終的に点滴による栄養補給を選びました。
理由は、父の現状では経管(胃ろう・経鼻)も逆流や誤嚥の懸念が残り、本人のQOL(生活の質)と苦痛の少なさを最優先に判断したためです。
「胃ろうをする/しない」判断で押さえたい5つの視点
- 本人の意思(ACP):可能なら本人の価値観・これまでの希望を最優先に。意思表示が難しい場合は、家族が本人の価値観を推定する代理意思決定を丁寧に。
- 目標設定:延命重視か、苦痛や拘束を減らし穏やかな時間を重視するか。目標が異なれば最適解も変わります。
- 医学的妥当性:嚥下機能の回復見込み、合併症リスク、再評価のタイミング(いつ・何をもって見直すか)。
- 介護体制:在宅か施設か、ケアの担い手・通院距離・緊急時対応。器具の管理や痰吸引など、現実的に回る体制を。
- 費用と継続可能性:医療・介護の自己負担、消耗品、移送費、家族の時間コストまで含めて試算。
医師に聞いてよかった質問リスト
- 今の嚥下状態の原因と予後は?改善の可能性はどれくらい?
- 胃ろう/経鼻/点滴の合併症リスクとそれぞれの管理負担は?
- 方針を見直す指標(体重、脱水、感染頻度、苦痛の訴え等)は?
- 在宅・施設それぞれでの現実的な運用(吸引・訪問看護・夜間対応)は?
嚥下リハビリの位置づけ:安全第一で
嚥下機能の評価・訓練は言語聴覚士(ST)を中心に行われますが、父のように「食物を使った訓練自体が危険」と判断されるケースもあります。
無理な経口練習は肺炎再燃のリスク。
体位調整・口腔ケア・唾液嚥下訓練など、非経口でもできるアプローチを積み上げ、定期的に再評価するのが現実的でした。
体験談:私たちが「しない」を選んだ理由
父は誤嚥を繰り返し、「食べること」自体が苦痛になりつつありました。
胃ろうで栄養投与が安定しても、父の望む生活像(食事を楽しむ・動く)が戻る見通しは薄い。
経鼻は短期なら有効でも、逆流→誤嚥の不安が拭えず。
家族で話し合い、医師とカンファレンスのうえ点滴栄養+症状緩和を軸に進めることに。
決定のキーワードは「苦痛を増やさない」「再評価できる余地を残す」でした。
退院後の受け皿:医療的ケアに対応できる施設を探す
父は点滴管理と痰が絡みやすい体質のため、痰吸引に対応し、必要時に医療的処置が受けられる受け皿が必須でした。
候補は、療養型病院(療養病床)や医療対応が手厚い介護施設など。見学時は次をチェック:
- 痰吸引・点滴・経管栄養の対応可否と実績
- 夜間・急変時の連絡体制、看護師の配置
- 誤嚥性肺炎の再燃時の搬送ルート
- 家族の面会・外出の柔軟性、看取り対応の方針
「地域名 痰吸引 可」「地域名 点滴 管理 可能」「地域名 療養型病院 受入」「地域名 経管栄養 施設」
家族が後悔しないためのチェックリスト(保存版)
- 本人の価値観・希望(過去の発言・メモ・エンディングノート)を共有した
- 嚥下機能と予後の説明を家族全員が同じ理解で把握した
- 栄養手段ごとのメリット・負担・合併症を紙に書き出し比較した
- 在宅/施設での運用イメージ(誰が何をいつどう行うか)を可視化した
- 緊急時の搬送先・連絡手順を決めた
- 定期的な再評価の期日と「変えどきのサイン」を合意した
- 費用と通院・家族の時間コストも含めて現実的か検討した
よくある質問(FAQ)
- Q. 胃ろうを作れば誤嚥は完全に防げますか?
- A. 食道を通らず胃に栄養を入れるため経口摂取時の誤嚥は避けやすいものの、唾液や逆流物の誤嚥は起こり得ます。体位や口腔ケア、逆流対策が重要です。
- Q. 点滴だけで長期的に栄養は足りますか?
- A. 状況により可能な範囲が異なります。血管トラブルや感染の注意もあり、定期的な見直しが前提です。
- Q. 途中で方針を変えても良い?
- A. はい。状態と目標が変われば最適解も変わります。再評価の場(家族+医療者のカンファレンス)を定期的に設けましょう。
まとめ:正解は「家族と本人にとっての納得解」
胃ろうをするか、しないか。どちらにも利点と注意点があり、状態・価値観・介護体制で答えは変わります。
私たちは「苦痛を増やさず、安心できる時間を守る」ために点滴を選びました。
この記事が、同じ岐路に立つご家族の判断整理と後悔しない話し合いの一助になれば幸いです。
※本記事は個人の体験に基づく一般的な情報提供です。具体的な医療判断は担当医療チームにご相談ください。