「そろそろ、どこかのレーベルにデモ送ってみたら?」
ライブハウスの店長にそう言われて、言葉に詰まってしまったことはありませんか?
あるいは、対バンの友人が「自主レーベルを立ち上げた」と聞いて、「自分たちはどうすべきなんだろう」と焦りを感じていませんか?
「そもそもレーベルって何? 事務所とどう違うの?」
「契約したら搾取されるんじゃないか?」
そんな不安を抱えたまま、よくわからない契約書にハンコを押してしまうのが、バンドマンにとって一番危険な行為です。
でも、安心してください。
業界の仕組みさえ知ってしまえば、レーベルは決して怖い存在ではありません。
この記事では、元インディーズレーベルのA&Rとして50組以上の契約を担当してきた私が、業界人があえて口にしない「お金と権利の交換条件」について、腹を割って解説します。
これを読めば、あなたたちは「損をしない選択」をするための、強力な判断基準を手に入れることができるはずです。
著者プロフィール
春日 アツシ(かすが あつし)
音楽ビジネス・アドバイザー / 元インディーズレーベルA&R
15年間で50組以上のバンドの契約実務を担当し、インディーズシーンの最前線で活動。現在はフリーランスとして、バンドマン向けの契約書チェックや活動相談を行い、アーティストが「知らなかった」で損をしないための啓蒙活動を続けている。
【図解】レーベルと事務所、決定的な違いは「何を売るか」
まず最初に、多くのバンドマンが混同してしまう「レーベル」と「事務所(プロダクション)」の違いをはっきりさせましょう。
結論から言うと、レーベルは「音源屋」、事務所は「人間屋」です。
レーベルの役割:音源を売る
レーベル(レコード会社)の主な商品は、CDや配信楽曲といった「音源」です。
レコーディングの手配、CDのプレス、Apple MusicやSpotifyへの配信手続き、そしてラジオや雑誌へのプロモーション。
これら全ては、「音源を一人でも多くの人に届けるため」に行われます。
つまり、レーベルの収益源は、音楽そのものの売上です。
事務所の役割:人間を売る
一方、事務所(プロダクション)の主な商品は、アーティストという「人間」そのものです。
ライブの制作、グッズの販売、スケジュールの管理、ファンクラブの運営。
これらは、「アーティストの人気を高め、活動を長く続けるため」に行われます。
事務所の収益源は、チケット代やグッズ代、ファンクラブ会費など、アーティスト活動全体から生まれます。

ただし、現代の音楽業界では、CDが売れにくくなったため、レーベルがマネジメント業務も兼ねる(またはその逆)「360度契約」が増えています。
これが、あなたたちが「どっちがどっちかわからない」と混乱してしまう最大の原因です。
だからこそ、契約書を見る時は「誰が何をやってくれるのか」を細かく確認する必要があるのです。
レーベルビジネスの本質は「銀行」である:原盤権と制作費の関係
では、なぜバンドはレーベルと契約するのでしょうか?
「メジャーデビュー」という響きのため? いえ、ビジネス的な本質はもっとドライです。
レーベルビジネスの本質は、「制作費と原盤権のトレードオフ」にあります。
数百万円の「出資」を受ける
本格的なレコーディングを行い、プロのエンジニアを雇い、MVを作り、プロモーションをする。
これらを自分たちだけでやろうとすると、数百万円規模の資金が必要です。
まだ売れていないバンドに、そんな大金はありませんよね。
そこでレーベルが登場します。
レーベルは、あなたたちの才能を見込み、その数百万円を「出資(投資)」してくれます。
まさに「銀行」のような役割です。
代償としての「原盤権」
しかし、レーベルは慈善事業団体ではありません。
出資する代わりに、彼らはあるものを担保として持っていきます。
それが「原盤権」です。
原盤権とは、録音された音源(マスター音源)に対する権利のこと。
この権利を持つ者は、その音源から生まれる収益(印税や使用料)を、半永久的に受け取る権利を持ちます。
つまり、レーベル契約とは、「制作費を出してもらう代わりに、将来生まれる音源の権利(利益)を渡す」という取引なのです。
これを「搾取」と呼ぶ人もいますが、ビジネスの視点で見れば、リスクを取って出資した側がリターンを得るのは当然のこと。
重要なのは、それが自分たちにとって「割に合う取引かどうか」を見極めることです。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 「原盤権を渡す」ことの意味を軽く考えないでください。
なぜなら、一度原盤権を渡すと、契約終了後もその曲の権利はレーベルに残るケースがほとんどだからです。「自分たちの曲なのに自由に配信できない」「廃盤になったのに再発できない」というトラブルは、ここから生まれます。契約書にハンコを押す前に、必ず「契約終了後の権利の帰属」を確認してください。
「自主」か「所属」か?今のあなたに必要なのはどっちだ
仕組みがわかったところで、本題に入りましょう。
今のあなたたちに必要なのは、レーベルに所属することでしょうか?
それとも、自主(DIY)で活動することでしょうか?
これは精神論ではなく、バンドのフェーズとリソース(資金・時間)の問題です。
以下の比較表を見て、自分たちがどちらのタイプに近いか判断してみてください。
📊 比較表
「自主レーベル」vs「既存レーベル所属」損得チェックリスト
| 比較項目 | 自主レーベル (DIY) | 既存レーベル所属 |
|---|---|---|
| 制作費の負担 | 自分たち (バイト代やクラファン) | レーベル (出資してもらえる) |
| 利益の還元率 | 高い (TuneCoreなら収益100%還元) | 低い (印税として数%〜十数%程度) |
| 権利 (原盤権) | 自分たちが持つ (自由に使える) | レーベルが持つ (使用に許諾が必要) |
| 宣伝・コネ | 弱い (SNS活用が必須) | 強い (メディア、プレイリストへのパイプ) |
| 事務作業 | 全部自分 (配信登録、著作権処理) | 丸投げ (曲作りに専念できる) |
| 向いている人 | 資金がある、SNSが得意、権利を持ちたい | 資金がない、メディアに出たい、事務が苦手 |
所属すべきパターン
もしあなたたちが、「曲は最高だけど金がない」「SNSでの発信よりも曲作りに没頭したい」「ラジオやテレビなどのマスメディアに出たい」と考えているなら、レーベル所属は強力な選択肢です。
制作費と事務作業を肩代わりしてもらい、宣伝力を借りることで、活動を一気に加速させることができます。
自主でやるべきパターン
逆に、「制作費くらいなら自分たちで出せる」「SNSでファンと直接繋がるのが得意」「利益は全部自分たちで分け合いたい」と考えるなら、今はTuneCore Japanなどのディストリビューターを使えば、個人でも世界中に配信ができます。
無理にレーベルに入って権利を渡すよりも、自分たちでコントロール権を持ったまま活動する方が、長期的には得策かもしれません。
よくある質問:契約書でここだけはチェックしろ
最後に、もしレーベルから声がかかった時に、絶対にチェックすべき契約書のポイントを3つお伝えします。
Q1. 契約期間はどうなっていますか?
「契約期間:1年」と書いてあっても、その下に小さく「異議がなければ自動更新」と書いてあることがあります。
これを見落とすと、「辞めたいのに辞められない」という泥沼にハマります。更新の条件は必ず確認しましょう。
Q2. 配信の権利はどうなりますか?
契約期間が終わった後、配信中の楽曲はどうなるのか。
「レーベルが配信を継続し、収益もレーベルに入る」のか、「アーティストに権利が戻る」のか。ここが曖昧だと、将来の活動に支障が出ます。
Q3. 給料は出るんですか?
インディーズレーベルの場合、基本的に「給料(固定給)」は出ないと思ってください。
多くは「歩合制(売上の〇〇%)」です。つまり、売れなければ収入はゼロ。「所属すれば食えるようになる」というのは幻想です。
まとめ:レーベルは「ゴール」ではなく「ツール」である
かつて、メジャーデビューはバンドマンにとっての「ゴール」でした。
しかし、誰もが自由に音楽を発信できる現代において、レーベルはもはやゴールではありません。
それは、あなたたちの音楽をより遠くへ、より多くの人へ届けるための「増幅装置(ツール)」に過ぎないのです。
レーベルは「音源屋」であり、ビジネスパートナーです。
彼らの資金力と宣伝力という「機能」を使いたいなら、対価として権利を渡して契約する。
自分たちでできるなら、契約せずに自由にやる。
ただそれだけの、シンプルな取引です。
「よくわからないから怖い」ではなく、「自分たちには今、このツールが必要か?」という視点で考えてみてください。
今度のスタジオ練習の後に、ぜひメンバー全員で「俺たちに今必要なのは金(制作費)か、自由(権利)か?」を話し合ってみてください。
その答えが出た時、あなたたちはもう、大人のビジネスパートナーとしてレーベルと向き合えるはずです。