心臓?それとも骨?胸の真ん中の痛みを「指一本」で見分ける受診科判定ガイド

[著者情報]

坂上 悟(さかがみ さとる)
総合診療医・循環器専門医
救急外来での胸痛鑑別実績1,000件以上。心筋梗塞などの致死的疾患の治療に最前線で携わる傍ら、デスクワーカーに多い整形外科的疾患との誤認を防ぐための啓発活動を精力的に行っている。医学的エビデンスに基づき、患者の不安を「安心」に変える的確なアドバイスに定評がある。

デスクワーク中、ふとした瞬間に胸の真ん中が「ズキッ」と痛み、思わず手が止まってしまったことはありませんか?深呼吸をしたり、椅子の上で少し姿勢を変えたりした時のその鋭い痛み。

「もしかして心臓の病気?このまま突然死するのでは……」と、心臓が止まるような恐怖に襲われている佐藤さんのような方は、実は少なくありません。

ネットで「胸の痛み」と検索すれば、心筋梗塞や狭心症といった恐ろしい言葉が並び、不安は募るばかりでしょう。

しかし、救急外来の現場で多くの患者さんを診てきた私からお伝えしたいのは、「その痛みの多くは、心臓ではなく『胸骨(きょうこつ)』という骨の問題である」という事実です。

大切なのは、パニックになる前に「指一本」で自分の体を確認すること。

この記事では、循環器の専門医が、指一本でできる「痛みの再現性チェック」を伝授します。

これを読めば、自分が循環器内科へ行くべきか、整形外科で良いのかが明確になり、漠然とした死の恐怖から解放されて冷静な判断ができるようになるはずです。


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なぜ胸の真ん中が痛むのか?「胸骨」の役割と痛みの正体

そもそも、私たちが「胸の真ん中」と呼んでいる場所には、胸骨(きょうこつ)というネクタイのような形をした平らな骨が存在します。

この胸骨は、命に関わる大切な臓器である心臓や肺を前面から守る「盾」の役割を果たしています。

佐藤さんが感じているその痛みは、この「盾」の表面で起きているのでしょうか、それとも盾を突き抜けた奥深くにある心臓で起きているのでしょうか。

胸の痛みには、大きく分けて「表面の痛み」と「深部の痛み」があります。

胸骨そのものや、胸骨と肋骨をつなぐ関節(肋軟骨)が炎症を起こしている場合、痛みは体の表面に近い場所で感じられます。

一方で、心臓の病気による痛みは、骨のさらに奥、胸の深い場所で「締め付けられるような」「圧迫されるような」感覚として現れるのが一般的です。

まずは、ご自身の痛みが「盾の表面」なのか「盾の奥」なのかを意識することから始めてみましょう。


【判定】指で押して痛いなら「骨」?心臓病との決定的な違い

循環器専門医として、私が診察室で最初に行う最も重要な確認事項があります。

それが、本記事の核となる「再現性チェック」です。

結論から言いましょう。

「痛む場所を指でピンポイントで押したとき、痛みが強くなる、あるいは痛みが再現される」のであれば、それは心臓ではなく、胸骨や筋肉といった整形外科的な問題である可能性が極めて高いです。

なぜなら、心臓は胸骨という強固な骨の裏側に位置しているため、体の外側から指で押したとしても、その刺激が直接心臓に届くことは物理的にあり得ないからです。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス

【結論】: 胸の痛みを感じたら、まずは「指一本」で痛む場所を優しく、かつ的確に押してみてください。

なぜなら、この点は多くの人が見落としがちですが、心臓病(狭心症や心筋梗塞)の痛みは「どこが痛いか指で示せない」ほど広範囲で深い場所の違和感であることが多いからです。逆に「ここを押すとズキッとする」とピンポイントで示せるなら、それは骨や関節のトラブルである証拠。この知見が、あなたの不要なパニックを鎮める助けになれば幸いです。

胸骨・心臓の位置関係と指の刺激範囲の比較図


デスクワーカーに多い「肋軟骨炎」とは?放置していい痛みの見分け方

佐藤さんのように、長時間パソコンに向かうITエンジニアの方に最も多い胸痛の原因。

それが肋軟骨炎(ろくなんこつえん)です。

デスクワークによる猫背姿勢は、胸骨と肋骨のつなぎ目である「肋軟骨」に持続的な負担をかけ、微小な炎症を引き起こします。

これが、深呼吸や姿勢を変えた瞬間の「ズキッ」という鋭い痛みの正体です。

肋軟骨炎は、心臓病と間違われて救急外来を受診する原因の第1位とも言われるほど紛らわしいものですが、基本的には良性の疾患であり、命に関わることはありません。

📊 比較表
肋軟骨炎(整形外科)と狭心症(循環器内科)の比較

比較項目肋軟骨炎(骨・関節の痛み)狭心症(心臓の痛み)
痛みの性質ズキッ、チクッとした鋭い痛み締め付けられる、圧迫される重い痛み
痛む場所指で「ここ」とピンポイントで指せる胸全体、あるいは場所がはっきりしない
再現性押すと痛い、動くと痛い押しても痛くない、動いても変わらない
持続時間数秒〜数分、あるいは数日続く3分〜15分程度(労作時に多い)
受診すべき科整形外科循環器内科

「心臓病かもしれない」というストレス自体が、筋肉を硬直させ、さらに肋軟骨炎の痛みを増幅させるという悪循環に陥ることもあります。

まずはこの比較表を見て、ご自身の症状を冷静に照らし合わせてみてください。


今すぐ救急車?見逃してはいけない「レッドフラッグ」チェックリスト

ここまで「多くは骨の痛みである」とお伝えしてきましたが、医療において「100%」はありません。

YMYL(健康と安全)の観点から、命を守るために「これだけは例外」というレッドフラッグ(危険信号)を提示します。

以下の症状が一つでも当てはまる場合は、再現性チェックの結果に関わらず、直ちに119番通報するか、救急外来を受診してください。

  • 冷や汗を伴うような、経験したことのない激しい痛み
  • 痛みが胸だけでなく、顎(あご)、左肩、背中へと広がっている(放散痛)
  • 意識が遠のく感じや、強い息切れがある
  • 階段を上るなどの動作で痛みが明らかに悪化し、休むと軽くなる
  • 痛みが15分以上経っても全く治まらない

これらは心筋梗塞や大動脈解離といった、一刻を争う疾患のサインです。

逆に言えば、「指で押すと痛みが強まり、上記のような全身症状がない」のであれば、まずは落ち着いて整形外科の予約を検討して良いでしょう。


まとめ:「正しく安心」するために。明日あなたが取るべき行動

胸の真ん中の痛み。その正体は見えてきましたか?

「心臓病で死ぬかもしれない」という漠然とした恐怖は、あなたのパフォーマンスを下げ、さらなる不調を招きます。

今日、指一本で自分の体を確認したことで、その恐怖は「原因はおそらく姿勢(肋軟骨炎)だ」という具体的な課題へと変わったはずです。

明日、あなたが取るべき行動は明確です。

  1. 「押して痛む」なら、整形外科を受診し、姿勢の改善や消炎鎮痛剤の相談をする。
  2. 「押しても痛くないが、締め付けられる感じがある」なら、迷わず循環器内科を受診する。

正しく怖がり、正しく安心すること。

それが、健康を守る第一歩です。

不安を解消して、また元気に仕事に戻れるよう応援しています。


[参考文献リスト]

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