一審判決が出て、上司から急に「控訴の検討資料を作れ」と言われて焦っていませんか?
「控訴と上告の違いも曖昧だし、費用やスケジュールなんてすぐには分からない……」
そんな不安を抱える法務担当者の方は少なくありません。
私もかつて企業の法務部にいた頃、同じように経営層から「負けたから次はどうするんだ!」と詰められ、胃の痛い思いをした経験があります。
しかし、弁護士として断言します。
控訴は「悔しいから」という感情でするものではなく、「勝算」と「コスト」を天秤にかけた冷静なビジネス判断(そろばん)で行うべきものです。
この記事では、元企業法務部長である私が、実務家の視点で「控訴の仕組み」「上告との決定的な違い」「正確な期間と費用」を、図解と数字を使って解説します。
読み終える頃には、あなたは上司に対して「今回は控訴すべきです(あるいは断念すべきです)」と、自信を持って数字で報告できるようになっているはずです。
[著者情報]
この記事を書いた人:高田 誠二(たかだ せいじ)
企業法務専門 弁護士 / 元・東証プライム上場企業 法務部長大手メーカー法務部で10年間、数々の訴訟対応を指揮。現場の「板挟みの苦しみ」を知る弁護士として、現在は中堅・中小企業の法務顧問を務める。「法律論だけでなく、経営判断に資するアドバイス」が信条。
1分でわかる「控訴」と「上告」の決定的な違い
まず、最も混同しやすい「控訴」と「上告」の違いを整理しましょう。
これらは日本の「三審制」における段階の違いですが、審理される内容(中身)が全く異なります。
結論から言えば、控訴は「事実」を争える最後のチャンスであり、上告は「法解釈」のミスを正すための狭き門です。
事実審と法律審の違い
日本の裁判制度は、第一審(地裁など)、第二審(高裁)、第三審(最高裁)の三段階で構成されています。
- 控訴(こうそ): 第一審の判決に不服がある場合、上級の裁判所(主に高等裁判所)に再審理を求めること。
- 上告(じょうこく): 控訴審の判決にさらに不服がある場合、最高裁判所に申し立てること。
ここで重要なのが、控訴審までは「事実審」ですが、上告審は「法律審」であるという対比関係です。
- 事実審(控訴まで): 「契約書が存在したか」「証言は信用できるか」といった事実認定や、証拠の評価そのものを争うことができます。
- 法律審(上告): 原則として事実認定は行いません。「憲法違反があるか」「判例違反があるか」といった、法解釈の誤りだけを審理します。
つまり、もし第一審で「事実認定」に誤りがあると感じているなら、控訴審で全力を尽くさなければなりません。
上告審になってから「実はあの時、こんな事実があった」と主張しても、手遅れになるからです。
📊 比較表
控訴と上告の比較まとめ
| 項目 | 控訴 (Appeal) | 上告 (Final Appeal) |
|---|---|---|
| 対象 | 第一審の判決に対する不服申立て | 控訴審の判決に対する不服申立て |
| 主な裁判所 | 高等裁判所 | 最高裁判所 |
| 審理の性質 | 事実審 (事実認定の誤りを争える) | 法律審 (憲法・法令違反のみを争う) |
| 新たな証拠 | 提出可能 (ただし制限あり) | 原則として提出不可 |
| 申立て理由 | 事実誤認、量刑不当、法令違反など | 憲法違反、判例違反などに限定 |
【図解】いつまで?いくらかかる?控訴の期間と費用
上司への報告で最もミスが許されないのが、「いつまでに手続きが必要か(期間)」と「いくらかかるか(費用)」の2点です。ここは実務的なルールが厳格に決まっています。
控訴期間は「受領翌日から2週間」
控訴ができる期間(控訴期間)は、判決書が送達された日(受領した日)の翌日から起算して2週間以内です。これを「不変期間」と呼び、1日でも遅れると権利を失います。
ここで注意すべきは、民事訴訟法における「初日不算入」の原則です。
期間の計算において、初日(受領した当日)はカウントしません。翌日が1日目となります。
例えば、9月4日(木)に判決書を受け取った場合:
- 9月4日(木):受領日(カウントしない)
- 9月5日(金):起算日(1日目)
- 9月18日(木)の24時:控訴期間の満了日

費用は「一審の1.5倍」
次に費用です。控訴審の手数料(裁判所に納める印紙代)は、第一審の手数料の1.5倍と定められています。
これは、無用な控訴を抑制するための仕組みでもあります。
訴額(争っている金額)が大きくなればなるほど、この1.5倍の負担は経営に重くのしかかります。
以下の早見表を使って、概算を把握してください。
📊 比較表
訴額別・控訴審の印紙代早見表(概算)
| 訴額 (請求金額) | 第一審の印紙代 | 控訴審の印紙代 (1.5倍) |
|---|---|---|
| 100万円 | 10,000円 | 15,000円 |
| 300万円 | 20,000円 | 30,000円 |
| 500万円 | 30,000円 | 45,000円 |
| 1,000万円 | 50,000円 | 75,000円 |
| 3,000万円 | 110,000円 | 165,000円 |
| 5,000万円 | 170,000円 | 255,000円 |
| 1億円 | 320,000円 | 480,000円 |
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 控訴期間の管理は、必ず「複数のカレンダー」と「複数の担当者」で行ってください。
なぜなら、この点は多くの人が見落としがちで、たった1日の計算ミスで会社の権利が消滅する事故が実際に起きているからです。「自分は大丈夫」と思わず、スマホのリマインダーと卓上カレンダーの両方に、期限の3日前を「提出目標日」として書き込むことを強くお勧めします。
データで見る「控訴の勝率」と「審理期間」の現実
「費用がかかっても、勝てるなら控訴したい」
上司はそう言うかもしれません。
しかし、ここで感情論に流されず、客観的なデータ(勝率と期間)を提示するのが法務担当者の役割です。
判決が覆る確率は約18%
司法統計によると、民事控訴審において第一審の判決が変更された(逆転、または一部変更)割合は、例年約18%〜20%程度で推移しています。
逆に言えば、約8割の事件では第一審の結論が維持されているということです。
さらに、控訴審で新たに証人尋問などの証拠調べが行われるケースは全体の約5%に過ぎません。
つまり、「第一審と同じ主張・立証を繰り返すだけ」では、ほぼ間違いなく負けるというのが現実です。
控訴審で勝つためには、第一審で見落とされていた決定的な新証拠や、法解釈の重大な誤りを指摘する必要があります。

平均審理期間は6.4ヶ月
また、期間についても覚悟が必要です。
裁判所のデータによれば、民事控訴審の平均審理期間は6.4ヶ月です。
ただし、これは平均値です。
多くの事件(特に新たな証拠調べがない事件)は、第1回口頭弁論期日(控訴から約1.5〜2ヶ月後)の1回だけで結審し、その1ヶ月後に判決が出ます。
つまり、実質3〜4ヶ月で終わるケースも多いのです。
「とりあえず控訴して時間稼ぎ」という戦術も昔はありましたが、現在は審理の迅速化が進んでおり、準備不足のまま控訴するとあっという間に棄却判決が出されるリスクがあります。
控訴の流れと法務担当者がやるべき3つの実務
データを見て「それでも控訴する」と決断した場合、法務担当者が直ちに着手すべき実務は以下の3つです。
1. 控訴状の提出(提出先は一審裁判所!)
まず、控訴期間内に「控訴状」を提出します。
ここで最大の注意点は、提出先は「高等裁判所」ではなく、「判決を下した第一審裁判所」であるということです。
第一審の裁判所が訴訟記録を整理し、それを高等裁判所に送る手続きが必要だからです。
宛先を間違えると、期間内に届いたとみなされない危険があります。
2. 控訴理由書の作成(50日以内の勝負)
控訴状には「控訴する」という意思表示だけ書き、具体的な理由は後から提出する「控訴理由書」に書くのが一般的です。
この提出期限は、控訴提起から50日以内と定められています。
前述の通り、控訴審は第1回期日で結審することが多いため、この控訴理由書が実質的なラストチャンスです。
ここでどれだけ説得力のある「一審判決の誤り」を論証できるかが勝負を決めます。
3. 「和解」という出口戦略の検討
実は、控訴審は判決まで行かず、「和解」で解決するケースも非常に多いです。
裁判官から「このままだと一審通り棄却になりますが、少し条件を譲って和解しませんか?」と打診されることがあります。
企業法務としては、勝率の低い判決(0か100か)に賭けるより、和解によって「負けのダメージを最小限に抑える(リスクコントロール)」方が、経営判断として賢明な場合も多々あります。
控訴は「戦う」だけでなく、「有利な条件で手打ちにする」ためのカードとしても使えるのです。
よくある質問(FAQ)
最後に、実務の現場でよく遭遇する疑問にお答えします。
Q. 相手から控訴された場合、どうすればいいですか?
A. 「附帯控訴(ふたいこうそ)」を検討してください。
もし一審判決が「痛み分け(一部勝訴・一部敗訴)」で、相手だけが控訴してきた場合、あなたも控訴期間が過ぎた後でも「附帯控訴」という手続きで、自分の不服部分(一部敗訴部分)を争うことができます。これにより、相手に対して「こちらも徹底的に争うぞ」という牽制になります。
Q. 控訴中でも強制執行されることはありますか?
A. 「仮執行宣言」が付いている場合は要注意です。
一審判決に「仮執行宣言」が付いていると、判決が確定していなくても(控訴中でも)、相手はあなたの会社の財産を差し押さえることができます。これを防ぐには、別途「強制執行停止の申立て」を行い、担保金を積む必要があります。
まとめ:控訴は「感情」ではなく「ロジック」で決断を
控訴とは、単なる「再チャレンジ」ではありません。
「期間厳守」「費用1.5倍」「勝率2割」という厳しい条件の中で、企業の利益を最大化するための高度な経営判断です。
上司への報告資料には、ぜひ今日解説した「印紙代のコスト」と「判決変更率のリスク」を盛り込んでください。
「悔しいから戦う」のではなく、「勝算とコストが見合うから戦う(あるいは和解する)」というロジックで提案できれば、あなたは法務担当者として確かな信頼を勝ち取れるはずです。
この記事が、あなたの冷静でプロフェッショナルな決断の一助となることを願っています。