[著者情報]
👤 この記事を書いた人:太郎(たろう)先生
元科学館学芸員 / 生き物観察アドバイザー
科学館で10年以上、子供向けの「田んぼの生き物教室」を担当。カブトエビの累代飼育(卵から孵化させて育てること)を5年以上継続中。「失敗しても大丈夫、それは学びのチャンス」をモットーに、親子の自然観察を応援しています。
「パパ、見て! 田んぼで捕まえた! これ飼いたい!」
お子さんが泥水に入った不思議な生き物を持ち帰ってきて、どうすればいいか困っていませんか?
「カブトエビっていうらしいけど、すぐ死ぬって聞くし…」「せっかく子供が興味を持ったのに、すぐ死なせて悲しませたくないな」と、プレッシャーを感じているお父さんも多いはずです。
結論から言いますね。
カブトエビの寿命はとても短く、どんなに上手に育てても1〜2ヶ月で死んでしまいます。
夏休みが終わる頃には、彼らの命も尽きるのが自然の摂理です。
でも、安心してください。それは決して「飼育失敗」ではありません。
彼らは短い命と引き換えに、「乾燥しても死なない卵(耐久卵)」を残すという、とてつもない能力を持っています。
この記事では、元科学館職員の私が、初心者が最も失敗しやすい「魔の1週間」を乗り越えて産卵まで育てるコツと、死んでしまった後に卵を保存して来年また孵化させる「命のリレー」の方法を伝授します。
さあ、2億年の時を超えるタイムカプセル作りを、お子さんと一緒に始めましょう。
なぜカブトエビはすぐ死ぬの?2億年変わらない「潔い」生存戦略
まず、「すぐ死んでしまう」ことへの罪悪感を捨てましょう。
カブトエビが短命なのは、彼らが生きる「田んぼ」という環境に適応した結果だからです。
田んぼは、春に水が張られますが、夏が終わって稲刈りの時期になれば水が抜かれ、カラカラに乾いてしまいます。
魚のように水がないと生きられない生物にとって、これは絶滅を意味します。
そこでカブトエビは、「水がある短い期間に爆発的なスピードで成長し、水がなくなる前に卵を産んで死ぬ」という、非常に潔い生存戦略を選びました。
ここで重要なのが、カブトエビと耐久卵(乾燥卵)の関係です。
親であるカブトエビ自身は乾燥に耐えられませんが、彼らが残す「耐久卵」は、乾燥しても、冬の寒さに晒されても死にません。
むしろ、一度乾燥することで「次の雨(来年の田植え)」を待つスイッチが入るのです。
つまり、彼らにとって「死」は終わりではなく、卵という形で命をつなぐための通過点に過ぎないのです。

【最重要】孵化直後の「魔の1週間」を乗り越える3つの鉄則
カブトエビ飼育で最も難しいのが、孵化してから最初の1週間です。
実は、飼育に失敗する人のほとんどが、この期間に全滅させてしまっています。
この時期の幼生が死んでしまう主な原因は、「餓死」と「水質悪化」の2つです。
これらを防ぎ、魔の1週間を乗り越えるための3つの鉄則を守ってください。
鉄則1:最初の3日間は「餌やり」を我慢する
「えっ、赤ちゃんにお腹が空くでしょ?」と思いますよね。
でも、これが最大の罠なんです。
生まれたばかりの幼生は口が非常に小さく、市販の人工餌(カブトエビの餌や金魚の餌)を食べることができません。
食べられずに残った餌はすぐに腐り、小さな容器の水を汚染します。
良かれと思ってあげた餌が、逆に彼らを殺してしまうのです。
鉄則2:水は「汲み置き水」か「田んぼの水」を使う
では、彼らは何を食べるのでしょうか?
答えは、水の中にいる目に見えない微生物(バクテリアなど)です。
水道水をカルキ抜きしただけの水には、この微生物がいません。
だから餓死してしまうのです。
バケツに水を汲んで数日外に置いておいた「汲み置き水」には、空気中から微生物が入って増えています。
この汲み置き水とバクテリアこそが、彼らにとって最高の初期飼料であり、命綱となります。
もし可能なら、捕まえた田んぼの水を少し持ち帰って入れるのがベストです。
鉄則3:水温は25度以下をキープする
カブトエビは暑さに弱いです。
水温が30度を超えると、茹で上がったように死んでしまいます。
直射日光が当たる窓辺や、屋外の炎天下には絶対に置かないでください。
涼しい玄関や、直射日光の当たらない明るい部屋が適しています。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 最初の1週間は「何もしない」勇気を持ってください。
なぜなら、多くのパパママが「何かしてあげなきゃ」と手を出しすぎて、餌のやりすぎや頻繁な水換えで環境を壊してしまうからです。彼らの生命力と、バクテリアの力を信じて見守ることが、一番の愛情ですよ。
親が死んでも終わりじゃない!来年また会える「卵の保存儀式」
大切に育てて1ヶ月ほど経つと、カブトエビは底の砂を掘るような仕草を見せるようになります。
これが産卵です。
そしてその後、静かに動かなくなります。
お子さんが泣いてしまうかもしれません。
でも、ここからが本当の勝負です。
カブトエビの死は終わりではなく、次の世代へのバトンタッチなのですから。
以下の手順で、水槽の砂に残された「耐久卵」を保存しましょう。
- お別れをする: 死んでしまったカブトエビを土に埋めてあげましょう。
- 水を抜く: 水槽の水をゆっくりと捨てます。この時、底の砂を流さないように注意してください。砂の中に、肉眼では見えないほど小さな卵がたくさん混ざっています。
- 砂を乾かす: 砂を新聞紙やキッチンペーパーの上に広げ、天日干しにします。
- カラカラにする: 完全に水分が飛び、サラサラになるまで数日間乾かします。この「完全乾燥」こそが、卵を目覚めさせるための重要なスイッチになります。
- 保存する: 乾いた砂を瓶や袋に入れ、冷蔵庫や涼しい場所で保管します。
これで「タイムカプセル」の完成です!
来年の春、暖かくなってからこの砂を水槽に入れ、水を注げば、また可愛い赤ちゃんたちが生まれてきます。
この感動は、一度味わうとやみつきになりますよ。
自由研究にも!子供に教えたいカブトエビの「ここが凄い」
せっかく飼うなら、お子さんの自由研究や日記のネタになるような「うんちく」も知っておきたいですよね。
カブトエビには、語りたくなる凄い特徴がたくさんあります。
- 恐竜より先輩の「生きた化石」
カブトエビの仲間は、約2億年前(恐竜が栄える少し前)から地球にいました。しかも、その頃からほとんど姿が変わっていません。あの奇妙な形は、2億年通用した完成されたデザインなのです。 - 田んぼの「草取り名人」
カブトエビは、たくさんの脚を動かして泥をかき混ぜながら泳ぎます。これにより、水が濁って日光が遮られ、雑草の芽が育たなくなります。また、小さな雑草の芽を食べてしまうこともあります。このカブトエビと田んぼの除草効果の関係から、昔から農家さんには「田んぼの草取り虫」として親しまれてきました。 - 目が3つある?
頭の上をよく見てください。2つの大きな目の真ん中に、小さな点がありませんか? これも目なんです(ノープリウス眼と呼ばれます)。原始的な甲殻類の特徴を残している証拠です。
よくある質問(FAQ)
最後に、飼育中によく聞かれる質問にお答えします。
Q. 水換えは毎日したほうがいいですか?
A. しすぎは禁物です。水換えは環境を急激に変えてしまうため、カブトエビにストレスを与えます。水が減ったら足す程度にするか、汚れがひどい時に底の方の水を3分の1くらい吸い出して、新しい水(汲み置き水)を足すくらいで十分です。
Q. 共食いをしている気がするのですが…
A. 残念ながら、餌が足りないと共食いをすることがあります。また、脱皮直後の柔らかい個体が狙われやすいです。共食いを防ぐには、少し大きめの水槽で飼うか、タンパク質を含む餌(金魚の餌や、鰹節を細かくしたもの)を適量あげるようにしてください。
まとめ:カブトエビ飼育のゴールは「看取り」と「継承」。パパの株を上げよう
カブトエビの飼育は、長く一緒にいるペットのような付き合い方はできません。
しかし、「誕生→成長→産卵→死→再生」という命のサイクルを、わずか数ヶ月で全て見せてくれる、稀有な生き物です。
「すぐ死んじゃったね」と悲しむのではなく、「卵を残してくれたね、凄いね」と親子で語り合い、来年の春にまた会う約束をする。
そんな体験ができれば、今回の飼育は大成功と言えるのではないでしょうか。
失敗を恐れず、ぜひお子さんと一緒に、2億年のロマンがつまった泥水を覗き込んでみてください。
きっと、忘れられない夏の思い出になりますよ。
[参考文献リスト]
- 田んぼの生き物図鑑 カブトエビ – 株式会社クボタ
- 侵入生物データベース カブトエビ – 国立環境研究所
- 学研の科学 あそぶんだ研究所 – 学研