[監修者情報]
この記事の監修者:長谷川 健太郎(ハセガワ ケンタロウ)
消化器内科専門医 / 医学博士
機能性胃腸障害、過敏性腸症候群(IBS)の診断と治療を専門とし、IBS専門外来にて年間2,000人以上の患者を診察。日本消化器病学会専門医。市販薬で一人悩む患者に寄り添い、医学的根拠に基づいた「正しい治療の道筋」を分かりやすく伝えている。
「通勤電車の中で急にお腹が痛くなる」「重要な会議の前に限ってトイレに駆け込む」。
そして、下痢が治まったと思ったら今度はひどい便秘になる。
そんな辛い症状に悩み、ドラッグストアで買った市販の胃腸薬を手放せなくなっていませんか?
消化器内科医として多くの患者さんを診てきた私から、一つだけお伝えしたいことがあります。
市販薬が効かないのは、あなたの腸が異常だからではありません。
「薬の選び方」が間違っているだけなのです。
下痢と便秘を繰り返す症状は「混合型IBS」と呼ばれ、特有の治療アプローチが必要です。
本記事では、市販薬の乱用がもたらす危険性と、混合型IBSに本当に必要な「処方薬」のメカニズムを分かりやすく解説します。
最後までお読みいただければ、「薬の選び方が違っただけで、病院に行けば確実に治る道筋がある」と安心していただけるはずです。
なぜ市販薬が効かない?下痢と便秘を繰り返す「混合型IBS」の罠
なぜ、通勤中や会議前など「ここぞ」という時に限って、お腹の調子が悪くなるのでしょうか。
その理由は、腸と脳の密接な関係にあります。人間はプレッシャーや緊張を感じると、そのストレスが自律神経を介して腸に伝わり、腸の運動異常を引き起こします。
この「脳腸相関(のうちょうそうかん)」と呼ばれるメカニズムこそが、過敏性腸症候群(IBS)の根本原因なのです。
過敏性腸症候群の中でも、下痢と便秘を交互に繰り返すタイプを「混合型(IBS-M)」と呼びます。
混合型の患者さんが最も陥りやすいのが、市販薬による自己治療の罠です。
通勤中の下痢を止めるために、市販の「下痢止め(腸の動きを強制的に止める薬)」を飲む。
すると今度は腸が全く動かなくなり、ひどい便秘になる。
苦しくなって市販の「下剤(腸を無理やり動かす薬)」を飲むと、再び激しい下痢を引き起こす……。
このように、混合型(IBS-M)に対して市販薬(下痢止めや下剤)を交互に使うと、腸の働きがさらに乱れて症状が悪化するという「負のループ」に陥る原因となります。
市販薬はあくまで一時的な対症療法であり、複雑な動きをする混合型の腸を根本から治すことはできないのです。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 下痢と便秘を繰り返す場合、市販の下痢止めと便秘薬を自己判断で交互に飲むのは今すぐやめてください。
なぜなら、この点は多くの人が見落としがちで、良かれと思って飲んだ市販薬が、かえって腸の自然なリズムを破壊し、症状を慢性化させているケースが非常に多いからです。私の外来にも「薬を飲めば飲むほど悪化する」と駆け込んでくる患者さんが後を絶ちません。この知見が、あなたが負のループから抜け出す助けになれば幸いです。
腸を「止める・動かす」のではなく「整える」。混合型に必要な処方薬とは
では、市販薬が効かない混合型IBSには、どのような治療が必要なのでしょうか。
結論から言えば、腸の動きを「整える」アプローチが混合型(IBS-M)には不可欠であり、その解決策となるのが病院で処方される「消化管運動機能調節薬」です。
市販の下痢止めや下剤は、腸の動きを「強制的に止める」、あるいは「強制的に動かす」という極端な働きをします。
しかし、混合型の腸は、動きすぎたり(下痢)、動かなかったり(便秘)と、非常に不安定な状態にあります。
そこに極端な作用を持つ市販薬を投入すれば、腸はパニックを起こしてしまいます。
一方、消化管運動機能調節薬(代表的な薬:セレキノンなど)は、自律神経に直接働きかけます。
腸が動きすぎている時にはその動きを穏やかに鎮め、逆に腸が動かず停滞している時には適度に動かすよう促します。
つまり、異常な腸の運動リズムを「正常な状態に整える」という、市販薬にはない優れたメカニズムを持っているのです。

【最新事情】特効薬が品薄?病院で行われる「オーダーメイド治療」の最前線
病院を受診すれば、自分の症状に合った薬がもらえると分かっても、「本当に治るのだろうか」と不安に思う方もいるかもしれません。
ここでは、消化器内科の臨床現場で行われている最新の治療事情をお伝えします。
これまで、便の水分バランスを調整して下痢と便秘の両方を改善する高分子重合体(ポリカルボフィルカルシウム:商品名ポリフルなど)は、混合型IBSの標準的な治療薬として広く使われてきました。
しかし現在、この高分子重合体は全国的に深刻な供給不足の傾向にあります。
「特効薬がないなら、病院に行っても無駄なのでは?」と心配する必要はありません。
なぜなら、供給不足の標準薬の代わりに、漢方薬(桂枝加芍薬湯など)が有効な代替手段となるからです。
桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)は、腸の過度な緊張を和らげ、腹痛や便通異常を改善する効果があり、混合型の患者さんにも非常によく処方されます。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 特定の薬が不足していても、病院では複数の薬を組み合わせた「オーダーメイド治療」が可能ですので、安心して受診してください。
なぜなら、この点は多くの人が見落としがちで、私自身も以前は高分子重合体を第一選択としていましたが、供給不足を機に漢方薬やプロバイオティクス(整腸剤)を細かく組み合わせる治療へシフトしました。その結果、患者さん一人ひとりの体質改善に繋がり、かえって治療の満足度が高まるという思考の変化を経験したからです。この知見が、あなたの受診への後押しになれば幸いです。
📊 比較表
表タイトル: 混合型IBSで処方される主な薬の特徴と効果
| 薬の分類 | 代表的な薬の名前 | 特徴と期待できる効果 |
|---|---|---|
| 消化管運動機能調節薬 | セレキノン(トリメブチン) | 腸の動きが活発な時は抑え、低下している時は促す。自律神経に働きかけ、腸のリズムを正常に整える。 |
| 高分子重合体 | ポリフル、コロネル(ポリカルボフィルカルシウム) | 腸内で水分を吸収・保持し、便の硬さを適度に保つ。下痢と便秘の両方に効果的。(※現在供給不足の傾向あり) |
| 漢方薬 | 桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)など | 腸の過度な緊張を和らげ、腹痛を伴う下痢や便秘を改善する。体質改善を目的として長期的に服用することもある。 |
IBSの薬に関するよくある質問(FAQ)
最後に、診察室で患者さんからよくいただく、薬に関する疑問にお答えします。
Q: 病院の薬は副作用や依存性が心配です。ずっと飲み続けなければいけませんか?
A: IBSの処方薬は比較的安全性が高く、依存性も少ないため過度な心配は不要です。
消化管運動機能調節薬や漢方薬は、長期間服用しても依存性が生じにくいお薬です。
症状が落ち着いてくれば、医師と相談しながら少しずつ薬の量を減らしていく(減薬)ことも十分に可能です。
また、過敏性腸症候群の治療は薬だけに頼るものではありません。
特定の糖質を避ける「低FODMAP(フォドマップ)食」などの食事療法や、睡眠・運動といった生活習慣の改善を併用することで、根本的な体質改善を目指します。
薬はあくまで、その体質改善をスムーズに進めるための「杖」のような役割だと考えてください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
下痢と便秘を繰り返す混合型IBSに対して、市販薬の自己判断は「負のループ」を招く危険な行為です。
複雑な腸の動きを「整える」ためには、医師の診断に基づいた適切な処方薬が必要不可欠です。
もう、通勤電車の中で腹痛に怯えたり、会議の前にトイレの場所を確認して焦ったりする必要はありません。
薬の選び方が違っただけで、病院に行けば確実に治る道筋が用意されています。
一人で悩みを抱え込まず、まずはご自宅や職場の近くにある消化器内科を受診し、医師に現在の症状を率直に相談してみてください。
あなたの日常が、一日も早く穏やかなものになることを心から願っています。
[参考文献リスト]
情報の透明性と正確性を期すため、本記事の執筆にあたり以下の文献・情報源を参照しています。
- 機能性消化管疾患診療ガイドライン 2020―過敏性腸症候群(IBS) (日本消化器病学会)
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/pdf/IBSGL2_re.pdf - お薬のお話 過敏性腸症候群 (東京医科大学病院 薬剤部)
https://www.tokyo-med.ac.jp/pharm/medicine/pdf/2018/201809.pdf - 【医師解説】過敏性腸症候群(IBS)の薬、どう選ぶ?ポリフルの出荷停止・代替薬についても解説 (さいとう内科クリニック)
https://saito-naika-cl.com/blog/post-1278/